華氏911

彼らは大喜びだ

今日は久々にふたりで午後から神戸に出て、ウインドショッピングと映画と夕食とパブというフルコースを楽しむ。大阪、京都、神戸と三都物語の半生だが、妻と一致した意見は「神戸が落ち着く」という結論。いちばん長く暮らしている街ということもあるが、静かで人も多からず少なからず、それでいてそこそこ美味しいレストランやショップに事欠かない。知らない街で買い物をするより、行き着けの店やレストランがあると安心できるのが嬉しい。

終日1200円のパーキングに車を入れて、本日のメインイベント「華氏911」を見るまでトアウエストにあるセレクトショップで暇つぶし。「epice-A」という小さな店だが、ここのオーナーのこだわりと適正な価格に共感するところがあって(書き出すときりがない)よく行くようになった。今日のターゲットは中空糸ナイロンを使った黒のジャケット。日ごろはシューズのトップデザイナーとして活躍する東京のクリエーターが年間に一回だけ作るコスチュームのひとつ。使い込むとなんとも言えない風合いが出ると聞いて即買いとなった。その後アニエスを見たり、カフェでグラッパエスプレッソで昼下がりを楽しみながら満員御礼のシネ・リーブルに入った。

そこまでは良かったのだが、いやな予感のしていた「華氏911」は案の定奥行きに欠けて、いつものマイケルムーアらしくない。あのボーリングフォーを☆五つとしたら、今回は☆3つ。書き出すと切りが無いので止めるけど、想像した範囲の描き方しかしていないし、奥歯にものが挟まったような感じとギクシャクした雰囲気が全体に感じられた。それほど規制が厳しく、彼が無言の圧力を感じていたのかもしれないが、この作品にタランティーノパルムドールを与えてしまったことに、作品性やアートということを悪い意味で越えてしまったのではないかという危惧を持った。

アートの範囲にしっかりと踏みとどまって奥の深いドキュメンタリー作品を描くことは至難の業であるとあらためて認識を深くした。