久々のメール

一度は読んでおいて欲しい本

があった。若い頃須磨の団地に住んでいたときの隣人Kさんからだ。某地元テレビ局でカメラマンをしていた人で、生粋の神戸っ子。丁度長男とKさんの次男が同じ年で、団地の公園でよちよち歩きの子供達とよく立ち話をしていた仲である。その彼が会社を辞めたあと三宮でバーをはじめたからという内容で、もしこのメールがまだ届くなら返事が欲しいとのことだった。
もうすっかり日常になって、何の感情も湧かないメールだけど、やはり何年も音信の無かった友人から来るメールには感慨深いものがある。まして、「話せば長いので来てくれたらゆっくり話したい」と言われたら、いまからでも車を飛ばして駆けつけたい気分に駆られる。
さあ、明日行こうか明後日かな・・突然にしようか連絡してからにしようかな・・息子達はどうしてるんだろう?お互い男の子が二人の父親なのできっとまたバイクのことやらスキーのこと、バンドのことなどで話が弾みそうだなあと思い描く。
そうそう。ムジャヒディン吉村さんもサントリーを辞めて年収数分の一の文筆業に飛び込んだ。Kもなにかがあって企業人を辞めてBARを開いた。僕も24年勤務した高校を飛び出した。なぜかみんな40の後半になって人生の舵を力任せに切ったのだ。

藤原新也の全東洋街道のなかにあったチベットの修行僧のことを思い出した。一生修行を続ける僧がいるなかで、満月の山を転がるように出奔する僧の年齢が、ちょうどこのあたりらしい。人生の折り返し点、いろいろな人々が深く深く何事かを考えている・・・今夜は月が透明だ