歳月人を待たず

ニューウェーブ

映画祭全部を見たわけではないのですが、古い手法のものも混ざっているなかで明らかに劇映画から来た杉本監督の「自転車でいこう」は新鮮でした。ヒューマンドキュメンタリーもいつまでもお定まりの方法では益々見る人に敬遠されてしまいますから、新しい血の導入や今回のような映画祭はどんどんやって欲しいと思います。

あれを見てから自分の周囲を思い起こしてみると二人ドキュメンタリーを撮ってみたいなという人のことを思い出しました。一人は24年高校の教師をしていた時の通勤途中に、ハイカーしか歩かないような車道を、六甲中腹と浜の工場(たぶん)の間を雨の日も風の日も通い続ける(毎日山登りをしているようなもの)長靴と同じ作業服のおじさん。もうひとりは近所の岡場という町の養護施設にいる通称ブルマー氏。ブルマー氏はまるでぷ〜みょんのような人で車が猛スピードで通り抜ける交差点を矢の様に自転車で疾走しながら「ぶるまぶるま」と叫びます。

あの映画を見ての帰り、偶然やまのぼりおじさんに出会いました。しかしあの黙々とドライブウエイを上っているはずの彼が、なんとその日は道端に座り込んで休んでいたのです。彼が休んでいるところを見るのも、彼のあんなにやつれた顔を見るのもはじめてでした。

あまりにも当たり前ですが、一人一人の人生はどんなに平凡に見えてもとんでもなく深く多様な出来事に満ちています。その事実に黙々と付き合いながら多すぎることもなく少なすぎることもなく淡々とカメラを回すことでしか秀作は生まれないと思いました。人生はいつか終わる、そのことがドキュメンタリー映像のなんとも言えないせつなさです。たいまぐらばあちゃんも川崎のオモニも映画が公開されて僕達が知るころにはこの世にいない。速度が価値であり勝ちであるような時代に悠然と異なる時空を生き切る仕事をするドキュメンタリーの監督達の新しい挑戦に共感しました。

上映会を巡回させることでしか生き残れないこのジャンルの映画を、より多くの人々が支える国になればと思います。

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